大阪城を子どもたちと歩いてきました。
広い公園内を散歩しながら重要文化財も見れ、楽しくすごせました。
城内を南西から北東にかけて歩くルートで効率よく大阪城の見どころをまわれます。
今日は、子どもたちと歩いた大阪城の散歩道をご紹介しますね。
それでは大阪城のゴールデンルート、いってみましょう!
大阪城を歩くコース
谷町4丁目駅の「大手門」から大阪城公園駅へぬける「青屋門」までの3キロで大阪城の有名どころをザッと見ることができます。
私たちは今回子ども連れだったので、鉄板のこのコースを歩きました。
大阪城観光の所要時間
ゴールデンルートを黙々と歩くだけなら3、40分ほど。
私たちは写真撮影したり、ノンビリ歩いたので1時間ほどかかりました。
- 9時25分:大手門
- 9時50分:天守閣
- 10時20分:極楽門
- 10時35分:読売テレビ前(コナン像)
もし博物館のある天守閣内もみるなら館内だけで1時間ほどかかります。
3キロの道のりだけでも坂道があったりして疲れるので(私は疲れた)、途中で休憩など入れて楽しんでくださいね!
大阪城ゴールデンルートをまわった様子
◇ 大手門
お城の正門です。広々とした門への道は堂々としてカッコいい~
◇ 大手口枡形(ますがた)の巨石
大手門をくぐってスグある巨石です。
敵が入ってくるの食いとめる役割をした四角い空間に巨石が使われています。
とにかくデカい。
こんなデカい石を小豆島から船底に網をかけて持ってきたそうな。
◇ 多門櫓(たもんやぐら)
この門の上に6つも部屋があります。多くの兵や武器をたくわえることができ、窓から攻撃できるんだそう。
にしても、石垣の直線、スゴい!!
どーやってるんでしょうかね?
この多門櫓を抜けると視界が一気にひらけ、豊臣公が祀られている「豊国神社」などがあります。
◇ 空堀をわたる桜門
◇ 橋下の空堀の様子
水はないけどこの石垣のぼるって大変だろうなぁ。鎧は重いだろうし、武器は持たないといけないし。そう考えると昔の兵士、スゴすぎる。
◇ 蛸石(たこいし)
またもや大きな石!
本丸の入り口をまもる四角いエリアの巨石で「蛸石」と呼ばれています。
なぜなら・・・・
蛸(たこ)の模様が石に入ってるから~。右向きの蛸に見えるでしょ?
この石垣が城内で1番大きく、表面積はたたみ36畳分!
でも城内で2番目に大きい「肥後石」(ひごいし)が薄い板状の石なので、案外この蛸石も板状なのかも?
蛸石をすすむと洒落た建物が見えてきます。
◇ 旧第四師団司令部庁舎(ミライザ大阪城)
天守閣すぐそばにあるこの建物は陸軍の司令部庁舎として1931年に建てられたもの。ヨーロッパのお城を参考にして建てられたそうな。
ながらく庁舎として使われていましたが、2017年から「ミライザ大阪城」というお土産物屋さんやレストラン、バーなどが入ったお洒落な施設になっています。
以前はお城前にあったお土産物屋や屋台などがなくなっていてあせりましたが、ココにキレイにまとまっています。
◇ 大阪城天守閣
美しい~
でもこの天守閣は1931年に復興されたもので鉄筋コンクリート造りの8階建て。エレベーターもあります。
中は博物館になっており、ミュージアムショップや黄金の茶室がありますよ。(有料)
天守閣の裏の下り坂。
大阪城ホール方面に抜けるルートです。
娘、グデタマ状態。
◇ 刻印石(こくいんせき)広場
天守閣からの坂を下りたところにあります。コレがなにげに面白い。
実は、ここにある石には「印」が刻まれているんです。
この丸にバッテンと扇みたいな模様は・・・
前田家家臣の相印。
この丸にボーダーは・・・
石見浜田の刻印。
この刻印は、石垣づくりを担当した各大名家のものなんです。
普請させられて大名大変~!
バテバテの娘も張りきって刻印探しをしていました。
極楽橋へ向かう階段
ちゃんとスロープもあり、車いすやベビーカーでも公園内を楽しめるようになっています。
でも天守閣裏手から極楽橋へぬける道は坂がわりとあるのでわりとハードです。
◇ 内堀のかかる極楽橋
なんとも縁起のいい名前の橋。
この橋をわたった場所から写真をとると内堀、極楽橋、天守閣がうつるので絶好のフォトスポットになっています。遊びにいったらぜひここから写真をとってくださいね~。
◇ 青屋門(あおやもん)
この門をでると大阪城ホールに到着!
大阪城ホールを左手にぬけていくと右手に飲食店などの複合施設「ジョー・テラス・オオサカ」が見え、そのまま大阪城公園駅へと続きます。
名探偵コナンのファンなら、正面読売テレビ前にある少年探偵団の銅像もはずせない!
◇ 名探偵コナンの銅像
コナン好きのわが家も写真撮影しました。
大阪城は秀吉のお城じゃない!?
実は、今ある大阪城は豊臣秀吉が建てたものではありません。
「じゃあ誰が建てたの?」と聞かれたら、
徳川幕府!
秀吉の大阪城は大阪夏の陣で落城し、徳川幕府によって徹底的に埋められてしまっているんです。
幕府によって徳川大阪城が新たに築かれ、天守閣が落雷で燃えたあと紆余曲折あって1949年に大阪市民の寄付で今の天守閣が再建されました。
なので巨石の石垣も、立派な門もぜ~んぶ徳川家がつくったモノ!
そういわれると、なんだか悔しい気がする大阪府民。
秀吉の石垣は発掘されており、ドーンセンター前や追手門小学校に(いずれも追手門から徒歩10分ほど)移築復元されたものを見ることができますよ。
幕府の石垣とちがって、かなりバラバラの石ですき間だらけに作られています。
性格?
ゆうゆう的まとめ
マンガのねこねこ日本史のおかげですっかり歴史好きになっている子どもたち。
お堀をみては「攻めるのが大変やなぁ」。壁の穴をみては「ここから弓矢を放つんやな」。
石垣をみては「ここを登れるかな?」。
などなど、いろいろ思ったようです。
コロナ禍で観光客が激減していましたが、かわりにジョギングしている人がたくさんいました。
大手門から、巨石の影からランナーがでてきてビックリ。(笑)
久々に大阪城へ遊びに行きましたが、やはりロマンを感じますね。
次回は天守閣にも行ってみたいです。
ゆうゆうでした。